ピーター・ゼルキンのディアベッリ変奏曲

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9月になった。

大好きな秋がもうそこまで来ているぞ!


ピーター・ゼルキン。

言わずとしれた大ピアニストのルドルフ・ゼルキンの息子であり、アドルフ・ブッシュの孫。

そんなサラブレッドの彼もヒッピーでベトナム反戦で長髪でサングラスの時期や演奏活動をあまりしない時期も会った。

そんな彼も今年で64歳。年齢も巨匠の粋に入ってきたが演奏は完全に巨匠だった。


前半の武満徹のフォー・アウェイで彼の美音がホール中に響き渡ったが次のベートーヴェンのソナタ31番では

音こそ美しいのだけれど、全体的にテンポ感が浮遊していてミスタッチも多くちょっとドキドキしながら聞いていた。この事に関しては未だになぜだか正直よくわからない。


というのも、後半のベートーヴェンのディアベッリ変奏曲になったら、最初の一音から生き生きと始まった。

お!何かが違うぞ。これはすごいぞという感じのワクワク感満載。

そして変奏曲が進んでいくにつれ、彼の音楽の深さに会場中が飲み込まれていった。

何よりも一音一音の美しさ!

全ての音が、本当に一音一音、あるべき姿で鳴らされていた。

ハーモニーでの説得力、リズムの楽しさ、楽譜のすべてが手に取るようにわかる。

「あるべき音」は楽譜が求めている音。自分の出したい音なんて傲慢だ!欲求なんて傲慢だ。

そう思わずにいられない演奏だった。

深い深い精神性。それが曲全体を覆っていて、私はまるで祈りのように聞いていた。


その音楽はベートーヴェンに対しての深い敬意と尊敬に満ちたものだった。

そこには微塵も傲慢さはない。

自分のうまさをひけらかす事もなく、派手さもなく、ただ深い祈りのみ。

研究と経験と人間性と才能と努力と音楽に対する敬愛と、それら全てが高い高い精神性となって

現れたようだった。


うちに帰って、すぐピアノに向かった。

一音一音が全てあるべき音を出しているのか。

自分が出したい音ではなく、この曲のこの音はどんな音を求められているのか。


全然だめだ。全然足りない。

そう思った。

今までこんな薄っぺらい音しか私は出していなかったのか?


8月の最後の日に、このタイミングでピーターを聞いた事に意味がある。

「あるべき姿の音」

秋の追求が始まる。



CD情報

諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」

2010年1月25日発売。
諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」イメージ
ショパン:ノクターン No.1Op.9-1 No.4 Op.15-1 遺作 マズルカ No.32 Op.50-3 モーツァルト:ピアノソナタ第13番 B-dur K.333 ドビュッシー:アラベスク 版画 月の光
WWCC-7633 ¥2,625(税込)


Profile


諸田由里子 Yuriko Morota
ピアニスト Pianist

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