2011年7月アーカイブ

パウル・クレーと海老蔵と。

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最近の記憶に残ったものの話を二つ。

パウル・クレーと海老蔵である。


クレーは私の大好きな画家の一人。

フェルメール、セザンヌ、マチス、タピエス、好きな画家をあげるときりがなくなってくるが、

クレーは昔から好きだ。

それは色使いだったりデザインだったり、遊び心だったりする。

心にずしんとくるというよりは、気持ちよく楽しくしてくれる感じ。


今回の展示はクレーの書き方に注目していた。

例えば、一枚の絵を切って、逆に張り合わせたり、一枚の絵のある部分だけを切り取ったり、

全く違う二枚の絵を張り合わせたり、全く知らなかったテクニックが説明と例のように展示してあった。

これは非常にわかりやすく、驚きと同時に単純な発想がこんな作品を作り出すのかと思う。

一枚一枚、これはここで貼ったのか~、とかこれとこれがここで組合わさったのか~とか

探しながら見て行った。

不思議な体験なのだが、見終わった後にいつもクレーを見た後の心の気持ちよさがなかった。

興味深いことと、心に染みることとは違うのか。

純粋に絵を見て感じることを今日は多分怠ってしまった。

テクニックばかりに目を奪われて、理解することばかりに頭がいってしまった。

テクニックを知ることは芸術を深めることにならなければいけない。

そこから生まれでる楽しい世界を見なければいけなかったのに・・う~ん。反省。


悪い男にどうして女は心を奪われるのだろう。

な~んていうと、変な趣味があるみたいだが、私はただただ海老蔵が好きだ。

逆にいうと私生活なんて全然興味ない。

あの事件があった時は「あらあら、きっと人気者で図に乗っちゃったんだろうな~」

なんて思っていたが、これでガツンとたたかれれば、きっと一回り大きな役者になるのだろう。

どうしてどうして、本当にそうだった。

といっても、私は歌舞伎に関しては俄ファンで、何も詳しいことも知らないし、

解釈とか全然わからない。

でも、海老蔵の鏡獅子は本当に迫力があった。

全くセリフがなく、ほとんど踊りだけだが、乙女の恥じらいと乙女の踊り、

そして獅子頭を手にして、獅子に振り回される様子、その結果、霊獣の獅子となった勇壮な獅子の狂った様。

目を奪われて、圧巻の海老蔵に場内興奮状態だった。


人間とは本当に素晴らしい。

画家にしろ、歌舞伎にしろ、全てをさらけだして表現する。

しっかりしたテクニックに支えられたその表現は見るものを違う世界へといざなう。

こんな演奏家にならなければ!と心に誓った。



バロックザールと従姉

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夏だ。

暑い。

当たり前だけれど暑い暑い毎日がやってきた。

私は夏は苦手。寒いのは結構我慢出来るのだが、暑さには弱い。


7月9日に京都のバロックザールで上敷領藍子さんのリサイタルがあった。

名前はもちろん知っているホールだったが弾くのは初めて。

音を出してびっくり。素晴らしい響きのホールだった。

こんなホールが東京にもあるといいな。キャパシティもリサイタルとしてはちょうどいいし、

ピアノソロも室内楽も音を出してみたいと思った。


札幌で弾いてからというもの、もっとシンプルにという一心で練習した。

特に最初のドボルジャーク。曲の作りもシンプルだが、動きも極力シンプルにした。

やっぱりシンプルは難しいし勇気がいる。でも絶対その方がその曲の良さが伝わるのだ!!


上敷領藍子ちゃんは彼女の今の魅力をいかんなく発揮したと思う。

あの年で本番であんなに堂々と生き生きと弾けるなんてすごいな。

コンサートの後、すぐにオランダに留学した。

きっと一回りも二回りも大きくなるだろう。

また一緒に弾けるのを楽しみにしている。


この日、偶然にも従姉のいっちゃんがコンサートに聞きにきてくれた。

いっちゃんは国連で働いていて今は南アフリカにいる。

大阪出身なのだが、まさか日本に帰っているとも知らずにいたのでびっくりだった。

クラシック自体が初めてないっちゃんは「すごいお姫様みたいな格好で出てきたからびっくりしたわ~。

由里ちゃん、その格好で東京から来たん??」と相変わらず面白い。

その日はいっちゃんのおうちに泊まり、久しぶりに色々と語り合った。


海外で働き生活している人と話すのは楽しい。

視点がちょっと違うし、日本を遠くから観ている。

それでも日本人、日本を愛し、心配していた。


この夏は今までの夏とは違う。

今年はこの先の日本の行く先を決める大事な一年になるように思う。

音楽とともにいる幸せを全身で感じて、暑い暑いとは言わずにいい夏にしていこう。




親の幸せ、子の幸せ。

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家族旅行なんて何年ぶりだろうか。

私達夫婦のそれぞれの親を連れての旅行は初めてだ。


2泊3日の松山、砥部の旅。

私も両親もずっと楽しみにしていたが本当に楽しんでもらえるかなと心配していた。

高齢なのであまりスケジュールを組みすぎてもいけないかな?とか、

食事もおいしい所へ連れて行きたいけれど、あまり量は食べられないかな?とか、

色々と考えたものだ。


昔は自分のことで精一杯だった。とても親のことまで考えられずに、

せっかく休みをとって旅行するのに親を連れて行くと気を使うだけだと思っていた。

テクテク歩き、一日フルで行動する私にとって親のテンポに付き合うのはめんどくさかった。

でも、こうして一緒に行こうと誘うことが出来たのが、何か色んな意味で適度な余裕が自分に生まれたのかなと思い、嬉しかった。


それと共に、なぜ義母が亡くなる前にそういう気持ちになれなかったのだろうと、それが本当に悔やまれた。

義父と義母は私の両親よりも若かったし、しかも私の両親はありがたいことに健康で元気で暮らしてくれているので、無意識に親のことはまだまだ大丈夫と思っていた。

皮肉にも一番若かった義母の突然の死が私にいつまでもこの状態で続くことはないということを教えてくれた。


4月に行った砥部オーベルジュが本当に素敵で美味しかったので、是非親にもその心地よさと美味しさを味わってほしいというのが一番の思いだった。

でもそれを告げると、私の思いとは裏腹に「どこだっていいのよ。誘ってくれたことが嬉しい」と言われた。

その時に思った。やっぱり時間を作るというのが最大のプレゼントなのだ。

私は全然親孝行なんかじゃないし、彼らが元気なのをいいことに自分の忙しさにかまけていた。


松山をみて、砥部に行き、最後の夜の食事を終えた時に義父が「幸せだな」と言った。

彼の口から「幸せ」という言葉は義母が亡くなった後、初めて聞いた。

父も長生きはするものだと言い、母もこんな思いが出来るなんて夢のようだと言った。

結局私はこの言葉が聞きたかったのだと思った。

なんてことはない、喜ばせてもらったのは私だった。


改めて、私の親不孝ぶりに何の文句も言わずにいた両親に感謝したい。

考えてみれば小さい頃から父親にはやりたいと言ったことに何一つ反対されたことはなかった。

厳しい両親でよくおこられたが、毎日おいしい食事の中で過ごしたことは本当に幸せだった。

音楽など全くわからない彼らにとって娘がピアニストになるなんてきっとすごく不安だったに違いない。

それでも今はコンサートには毎回足を運んでくれる。


たくさんたくさん反抗したし、うるさいと思ったし、口をだすなと思った。

それも昔の話。忘れちゃおうっと。

彼らが残りの人生を精一杯彼ら自身のために生きてくれることを祈っている。

質素に暮らしている彼らに、

「持ってるお金、1円も残さずに全部使い切っていいよ」と言ったら笑っていたけれど、

結局人間は大切な人が楽しそうに生きているのを見たいのだと思う。

それが私の幸せにつながるのだと思う。



CD情報

諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」

2010年1月25日発売。
諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」イメージ
ショパン:ノクターン No.1Op.9-1 No.4 Op.15-1 遺作 マズルカ No.32 Op.50-3 モーツァルト:ピアノソナタ第13番 B-dur K.333 ドビュッシー:アラベスク 版画 月の光
WWCC-7633 ¥2,625(税込)


Profile


諸田由里子 Yuriko Morota
ピアニスト Pianist

●ホームページはこちら

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