2008年10月アーカイブ

10月の終わり

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あと1日で10月も終わる。
まだまだ日中は暖かいので11月がくることがピンとこない。
 
それでもうちのそばの桜並木は色づいてきた。
黄色、山吹色の美しい葉っぱが落ちている。
 
以前、旅先で露天風呂に入っているときに
空から真っ赤な紅葉が落ちてきて水面にふっと浮かんだ。
あまりの美しさにずっと見ていたらのぼせてしまってフラフラになったのを思い出した。
 
また、鎌倉の瑞泉寺の裏の山を散歩していたら、
突然、一面のイチョウの絨毯が現れて狂喜乱舞したこともある。
 
きれいな葉っぱを捜して歩くのが楽しい。
その一枚の葉が緑から黄色へと変化し、黄色とオレンジのミックスされた背景に
ちょっとした虫食いのあとなどがあると、
もう美しくて見とれてしまう。
「あぁ、若冲の世界だなぁ・・」と思う。
 
ついには座り込んで葉っぱを見る。
どの葉も違う。
どの葉にも過去があり、そして今の姿になっている。
 
 
ふっと横を見ると同じようにノラ猫が座っていたりする。
これもまた たまらない瞬間だ。

二人のピアニスト

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ピリスのスーパーレッスンを見ながら思う。
 
ピアノという楽器を使って世界中の人が表現している。
若い生徒さんの演奏も見事だったがピリスの一言一言が
心の中に入ってくる。
 
ピアニストにとって「呼吸すること」「歌うこと」の大切さを改めて思う。
それから何といっても「音」だ。
ピリスの出す音はその曲のその部分に求められている音だ。
それなのに、それは明らかに「ピリスの音」で「ピリスの言葉」として聞こえてくる。
 
 
紀尾井ホールの一番後ろの席でダンタイソンを聞きながら思う。
 
鮮やかな演奏というのはこういう演奏のことなのかもしれない。
全ての音が鮮やかに聞こえてくる。
あたかも目の前で弾いているように。
 
パーフェクトなコントロールで奏でられたフランス音楽は
紀尾井ホールを埋め尽くす人々を確実に魅了した。
 
 
ピリスにしてもダンタイソンにしても聞くたびに音楽が深くなる。
若い頃の演奏も素敵だが、「今」が素敵だ。
そして明日はきっともっと素敵だ。
 
こういう人々をみていると年を重ねるのは素晴らしいことだと感動する。
 
 
 

ビバ 熊本

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熊本にて3日連続でコンサートをしてきました。
 
17日はソプラノの坂本 緑さんのリサイタル。
素晴らしいリサイタルでした。
坂本先生の声は透明感があって、繊細で遠くまで響く声。
日本語を大切にしたいという彼女の歌う日本歌曲は本当に美しかった。
あれだけの緊張感を保ちつつ、言葉と音を紡いでいく・・・・
彼女のリサイタルの伴奏を初めてさせていただいたのですが見事だと思いました。
そして、バリトンの大御所の勝部 太さんがなんとゲストで出演!
彼の歌うマーラーもまたすごかった!そしてモーツァルトも素晴らしかった!
ピアニストにとって歌の方から学ぶことは本当に多いです。
呼吸やタッチ、今回は全てが特別なものになりました。
 
18日19日はピアノソロのコンサート。
ホールやピアノ、響き、そしてお客様。
一回一回が一期一会だと改めて強く感じました。
そして当たり前のことですが、今の私に出来る精一杯の演奏を心がけました。
 
自分に出来ることを精一杯やる。
この単純なことの難しさ、そして大切さ。
 
その「難しさ」を身をもって知り、その「大切さ」を痛感した旅になりました。
 
コンサートを支えてくださった多くの方にこの場をお借りしてお礼を申し上げます。
そして何よりわざわざ大切な時間を使って聞きに来てくださった全ての方に
心から感謝いたします。コンサートはお客様なしではなりたちません。
 
何年かぶりで会った友人が「熊本で聞けたことが本当に嬉しい」と言ってくれました。
 
そんな言葉が私の毎日の練習のモチベーションを上げ、楽しく質の高いものにしてくれているのです。
 

内田剛一 器展にて

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ピアノにいきずまった時、
音楽以外のものからインスピレーションをもらうことがある。
 
秋晴れの中、内田剛一さんの器展に行く。
 
内田さんの作るものは実にシンプルだ。
奇をてらうことはなく、仕事が丁寧。
でも不思議なことに丁寧というより、まるでもともとその形が存在していたよう。
足のつけかたや目土の跡、1ミリの厚さの上に塗られた釉薬など
一つ一つの仕事が本当に丁寧なのにどれも主張せずに存在している。
それでいて、人目を惹きつけて離さない魅力。
ずっと見ていたい作品の数々。
 
すごいな。
素敵だな。
静かな強さがある。
 
その魅力はなんといっても肌合いだ。
この肌合いにどうやってたどりついたのだろう。
 
窓からは外の緑が見えて、室内に内田さんの作品が並べられ、
なんとも気持ちのいい空気が流れていた。
 
一つ一つの作業を大切に積み重ねていくと
それらが集まったときに大きなエネルギーになる。
でも、積み重ねていっている段階では
そのエネルギーはまだ見えない。まだ、見えない不安だけが見える。
 
ある瞬間を越えた時点で、そのエネルギーは突然現れるのだ。
突然世界がかわる。景色までもかわる。
 
 
 
 

世界の村上春樹

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中学、高校時代、村上春樹をむさぼるように読んでいた。
ドキドキしながらピンボールを探し、ゲラゲラ笑いながらエッセイを読んだ。
 
下宿先の小さな部屋の小さなベッドで、寝る前に1章づつ
世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドを読んでいた。
なぜだかわからないけれど、1章づつと決めていた。
そのせいか読んでいる間中、不思議な夢を毎晩みたものだ。
 
高校の時にはある授業で「村上春樹における動物論」なる論文(作文の域を超えていないが)を書き、
最後に偉そうにも「日本中の人が彼の作品を読むことになるだろう」と書いたのだが、
とんでもない!世界中の人がその作品を楽しんでいる。
 
表紙を開き、最初の一ページで彼の世界に連れて行ってくれる。
主人公の「僕」はまるで隣に住んでいる男の子のようで、
登場してくる女性は何かを秘めている不思議系の女性・・・
台詞と台詞の間から「僕」のせつない気持ちが伝わってくる。
 
思い出していたら、また無性に読みたくなってきた。
この秋は村上ワールドに身を投じようかしら。
 
ノーベル文学賞を期待していたので残念だったが、
賞をとろうととるまいと彼のファンであることには変わらない。
心から尊敬し、敬愛している。

ショパン

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久しぶりにショパンを弾いている。
10月18,19日の熊本での演奏会で弾く予定だ。
 
私にとってのショパンの難しさは「距離感」
ショパンと自分の間に適度な距離感をもつことが重要だ。
他の作曲家よりその距離感を保つのが難しい。
 
「距離感」があれば、そのメロディーの美しさを堪能できるし、
伴奏部分のバランスのよさを味わえる。
 
もう一つ必要なものは「強さ」な気がする。
その強さは、例えば誰かを罵倒したり強く文句を言ったりする強さではなく、
あえて言うなら親友や大好きな人に厳しいことを言わなくてはいけないような
そんな強さ。それがいいと信じていても、心のうちは苦しくてしかたがないような、そんな感じ。
 
昔は一生懸命弾くばかりでショパンの美しさを堪能出来ていなかった。
今もその偉大さの前にへこたれることも多いが、
以前よりもずっと好きになっている。

CD情報

諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」

2010年1月25日発売。
諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」イメージ
ショパン:ノクターン No.1Op.9-1 No.4 Op.15-1 遺作 マズルカ No.32 Op.50-3 モーツァルト:ピアノソナタ第13番 B-dur K.333 ドビュッシー:アラベスク 版画 月の光
WWCC-7633 ¥2,625(税込)


Profile


諸田由里子 Yuriko Morota
ピアニスト Pianist

●ホームページはこちら

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