2年ぶりのピアノサロン八千代店

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2年ぶりの島村楽器ピアノサロン八千代店でのコンサートだった。

到着するなり懐かしい顔に会う喜び!

店長の那須さんはじめ、田中さんや調律師の方々、久しぶりに会う八千代店の皆さんはとても暖かい。

そしてその皆さんの暖かさがお店の明るい雰囲気を作り出している。


今回はディアパソンコンサートなのでピアノはディアパソン500。

非常にコントロールしやすく、タッチのダイレクトスポットがわかりやすい。

ダイレクトスポットという言葉があるのかどうかわからないが、

ピンポイントで音につながるタッチがわかりやすいという意味だ。


今回のメインはシューベルトの即興曲。

このシューベルトは本当に弾いても弾いても興味がつきない。

この曲だけを一生勉強しなきゃいけない状態になったとしても楽しい人生が送れる気がする。

本当にすごい曲だ。


今回もこのシューベルトに寄り添って演奏すべく集中して臨んだ。

きっとお客様にも同じような集中をしいたのだと思うが、皆さんシューベルトの旅を一緒に行けたのではないだろうか。


もっと呼吸を深くしなければとか、左手の表情をもっと掘り下げなきゃとか、

個人的には反省点はたくさん。また一つ一つクリヤしていくべく練習しよう。


ここピアノサロン八千代店の楽しさの一つはなんといっても豊富なピアノだ。

ずら~~っとピアノが置いてある。

そしてコンサート後にはピアノ弾き比べ(聞き比べ)があり、

私がスタインウェイ、ボストン、ヤマハ、ディアパソンと一台ずつ弾き、

皆さんにその音の違いを聞いていただく。これは結構楽しい。

もちろん私はタッチも違うので、一台一台の性格の差がはっきりわかるのだが、

耳だけでその差を楽しむのは高級な遊びだと思う。

そしてその後で、皆、思い思いに弾きながら音の違い、タッチの違い、などを体験する。

ピアノって全部違うんだなと思ってもらえればそれで大成功だと思う。


そして2月も半ば。

明日は群馬でのアンサンブル。

それが終わると受験シーズン。

この寒さを味わいながら、今日もまたピアノと共に生活している。



喜びの瞬間まで

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1月は行く、2月は逃げる、3月は去る、と言うけれど、

本当に信じられないくらいのスピードで月日が駆け抜けていく。

2月になったと思ったらもう一週間も過ぎていた!いかんいかん・・


2月1日にチェロの吉岡くんのリサイタルが終了。

素晴らしいコンサートだった。

素晴らしい・・というのは吉岡くんの演奏だ。

彼は今の彼の力を全て出し切った演奏をしたと思う。

嬉しかったなぁ。彼自身で自分の殻を一つ破ったと思う。


そして、ぼけ~っとはしていられない。

12日にはリサイタルが待っている。

今回はシューベルトの即興曲がメイン。しかもやっと4曲全曲弾けるのだ。

4曲、全てが美しく、練習してもしてもしてもしても納得いかない。

でも、この曲は今年一年なるべく弾いていきたいし、

自分の人生の中でも大切ないつも傍に寄り添っていたい一曲なのだ。


いつも思う事だが、忙しくて毎日出かけたり合わせたりの日々も大変だが、

この一人っきりで自分のピアノと向き合う練習はもっと精神的にキツい。

必ず、あ~~もう~~つらいよ~~出来ないよ~~という日がくる。

でも、そこで逃げちゃだめ。

そこをあ~んあ~んと泣きながらももがいていると、必ず「あ!わかってきた!」という

日がやってくることを今までの経験で知っている。

だから、今はもがく時だぞ!


この「わかってきた、見えて来た」という喜びは、とても説明出来ないほどの喜びなのだ。

音楽に身を委ねられるような瞬間なのだ。

このために練習しているようなもの。

ただ、それが本番で出来るとは限らないのだが・・・(涙)


基礎力、恐るべし。

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思った通りあっという間に1月が終わろうとしている。

今月はピアノピアノピアノピアノって感じで毎日合わせを一日中していた。

毎日長時間弾いていて感じた事がある。

「自分のためだけの時間をとって練習しないとだめだ」ということだ。

これはつらいことだ。

なぜなら一日中弾いた後で夜中に練習する体力が残っていないことが多いからだ。

それでも時間をやりくりして、自分の音をじっくり聞いて練習するとほっとする。

練習は一種の精神安定剤だ。


2月1日に東京文化会館でチェロの吉岡知宏さんのリサイタルがある。

吉岡くんは桐朋の学生時代から知っているが、今回ドイツ留学から一時帰国してのリサイタルだ。

久しぶりに合わせをして驚いた。

すごく変わっていた。音も音程も音楽も格段にレベルアップしていた。

あまりの変化にドイツでのレッスンの様子を聞いて、さらに驚いた。

レッスンは毎回2時間。そのうち1時間は基礎練習のレッスンなのだそうだ。

音階、アルペジオ、練習曲。そして出来るまでしつこくしつこくやらされるそうだ。

だから仕方なく家でも必ず基礎練習をするようになったらしい。


やっぱり!と思った。

レベルアップには基礎力のアップが不可欠だとの思いが確信に変わった。

しかもそれを真剣にやらなければ意味がない。

これには忍耐力が要求される。

なんといってもめんどくさいし退屈な時間だからだ。

でも、そこがプロフェッショナルとアマチュアの差になってくる。


今回のコンサートで彼がその基礎の大切さを遺憾なく発揮出来るように望んでいる。

あとは当日、どのくらい心を解放して弾けるかだ。

小さいことにとらわれずに恥を捨てて心からの演奏をしてほしい。

もちろん私も同じ事が目標だ。


今月は演奏について考える事が多かった。

今、一番考えている事は「自由ってなんだ?」ということ。

2月のテーマは自由。

これについては次回、書きたいと思う。

きっとまだまだうまくまとまらないとは思うけれど。



心から弾こう!

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瞬く間に一月の半分が過ぎた。

信じられないこのスピード。

おたおたしてると時間においてかれるぞ!


年明けは2日にコンサートが終わったら、その後は怒濤の伴奏だった。

毎年恒例のもう何年何十年?続いているチェロの毛利伯郎先生門下の発表会。

毎年、年明けすぐだから生徒さん達は大変。年末年始も遊んでいられない。

私も毎年、チェロを始めたぴちぴちから音大卒業生にいたるまでを伴奏している。


一年ぶりに会うみんなは成長が手に取るようにわかる。

背丈の成長、人間的成長からチェロの成長にいたるまで嬉しい成長を感じる。

かわいかった男の子は青年になり、シャイな青年はかっこいい男性になり、

大学卒業するくらいになるとおっさんになってくる。

女の子もすぐに女性になり、うっかりするとお嫁さんなってしまう。

その分、こちらも年をとってるのだけれど、気持ちだけは皆と一緒。

少しでも本番を気持ちよく弾けるように曲を支える。

大人になったら忘れちゃうのかな?と、ちょっとせつなくなる時もあるけれど、

でも、音楽の素晴らしさ、演奏することの楽しさを体験してほしくて一生懸命伴奏している。


そして桐朋学園の卒業試験がやってくる。

高校卒業試験、大学卒業試験は一般公開でホールで行われる。

そして、卒業試験だけ嘱託伴奏員がかりだされる。

高校3年の締めくくりに、大学卒業の最後に、いい演奏で次のステップへ行けるように私も頑張る。

きっと生徒さんたちには「うるさいピアニストだなぁ」と思われているだろうけれど、

曲の作りやフレーズ、ハーモニー、アンサンブルの必要性をガンガンアドヴァイすする。

「あのピアノの先生はうるさいよ。めんどくさいよ」という評判がたち、

本当に勉強したい子だけがくるのが理想だが(汗)昔よりはうるさいことを言うのも仕事だと思っている。


1月は若い人との共演ばかり。

何より大切で難しいのは「自分の心から演奏すること」

表面的でなく、本当に心で正しい音楽を感じて心から演奏する。

これは本当に大切で、本当に難しい。

小さい子も上手な子が多いせいか、本人も親も本番でたくさんのことを求めてしまう。

そうすると小さくまとまった演奏になってしまいがちだ。

自分もまさにそうだったのでよくわかるが、何よりも子供の頃は心から気持ちを出して生き生きと弾く事を学んでほしい。


その「心から気持ちを出して弾く」ことは、大人になってからやろうとしても難しい。

演奏とは心で弾くものという習慣をなるべく若いころに身につけてほしい。



みなさま、あけましておめでとうございます。


2012年が始まった。

今年は2日からコンサートがあって、あまりのんびりムードではなかったが

それでも名古屋で義父や甥達と遊び、横浜で両親や姉家族と話すことが出来た。

12月30日に名古屋に着いて、義母のお参りをして、皆が一年健康で過ごせた事、そして楽しく過ごしていることを報告すると、やっと1年間の役目を果たせたようなホッとした気持ちになった。

きっと2012年も私達を上から見ながら「しっかり頑張りなさい」と叱咤激励してくれているに違いない。


私の両親はありがたいことに二人とも元気で健康だ。

夫婦仲良く、今年も美味しいおせちをばっちり作ってくれていて、

せっせと働く姿に改めてすごいなぁと思った。

誰よりもさっと立ち上がり、なんだかんだと用意している。

すごく年をとっているのに全くそれを感じさせないので、私もついつい甘えてしまっている。

いつまでコンサートに来てもらえるのかななどと考えながら、

聞いてもらえるコンサートは満足出来るようにしっかりしなければと決意を新たにした。


1月2月はスケジュールがつまっていて忙しそう。

けれどもあわてないあわてない。

バタバタするとろくなことはないので、忙しくても自分の時間をとらなくっちゃ。

今年も音をきいて、脱力を心がけて、いい音いい音楽を目指していこう。


今年もどうぞよろしくお願い致します。




2011年の終わりに

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いったい2011年の終わりには日本はどうなっているのだろう・・・

そう思っていた2011年が終わろうとしている。

もはや今年の記憶は3.11の前か後かという区分でもいいくらいの大惨事。

初めて「生きている事・幸せな事」の意味を考えた。


地震が収まった後にあわててつけたテレビから流れてくる見たこともない津波の恐怖。

福島原発への不安の毎日。

東京のスーパーからものがなくなった不気味さ。

3月中は東京に住んでいても緊張の連続だった。


あれから9ヶ月がたち、もうすぐこの2011年が終わろうとしている。

復興など気安く言えない東北の現在、未だ収束のつかない原発。

自分の無知さ、むなしさ、怒りがこみ上げてくる毎日だった。

それでも時は過ぎ、あと2回寝れば2012年だ。


確実に心の意識は変わったと思う。

生きているということ、健康であるということ、そして音楽をやっているということ。

今まで当たり前だったことが大切で意味のあることになった。

きっと我々音楽家は皆が音楽の無力と音楽の力の両面を考えたに違いない。


今年はよく練習した。

これまでにないくらい、一回一回のコンサートを大切にしてきた。

練習することは自分をみつめること。

出来ていることと、出来ない事を受けとめる事。

「何かをつかみかけてはやり直し」の連続だった気もするけれど、

何かを求める道はずっと続くのだからあきらめずに続けよう。


そして今年は私にとっては身体元年である。

直感的に思い立って、鹿児島へとある人を訪ね、肉体のしくみや使い方、鍛え方を教えてもらった。

それは今まで聞いた事もないようなことだったが、なぜか「これだ!!」と確信した。

それからというもの、毎日毎日体操を続け、脱力や姿勢のアドヴァイスを受け、

ある意味180度身体への考え方が変わってしまった。

それは例えば演奏時の重心や表現における身体の役割など、

肩こりとはほど遠いと思われることにまで変わってしまった。

これは私の中では劇的な出来事である。

今まで、練習してはマッサージや整体やとにかく辛くならにためにありとあらゆる事をきたのだが、

今では体操するだけで、何時間弾いても本番が続いても大丈夫になった。


2012年も楽しみなコンサートがたくさんある。

それらをきちんと準備していい演奏が出来るのかという不安もある。

でもこうして楽しみや不安を抱えながら、もがいていくのが人生なのだと最近思うようになった。

いいことばかりを期待するのはやめよう。

自分の身に起こる全てのことに意味があるのだ。


ブログを読んでくださった皆様、コンサートを聞いて下さった皆様、CDを聞いて下さった皆様。

今年一年、本当にありがとうございました。

2012年ももがきつつ、音楽とともに生きていきます。


今年もまた大掃除も出来ずに年を越しそうですが、気にしない気にしない!

また来年!



カジュアルコンサートに出演するのは2回目。

いつもお客さんがいっぱいのコンサートで皆さんが音楽を楽しもうとしている空気が広がっている。

今回は「知られざるビオラの魅力」


ビオラの柳瀬省太さんとのリサイタル。

ビオラのオリジナルばかりでどの曲も素晴らしい。

マルチェロから始まり、ボーン・ウィリアムのエレジー、グラズノフのエレジー、

ビュータンのロマンス、そしてブラームスのビオラソナタ第2番。


ビオラっていいなぁと思わざるをえないプログラムと演奏だった。


私は柳瀬さんの音が好きだ。

以前、リヒャルト・シュトラウスのドン・キ・ホーテを聞いた時も、その明るい音と、

自然な音楽性にぞっこんになった。

それ以後、何度か室内楽をご一緒させていただいた時も彼の力む事ない自然な音楽にどれほど助けられたことか。


今日も本当に素晴らしかった。

前半のそれぞれの性格の違う小品も、後半のブラームスも音楽のつかみが素晴らしい。

そして何と言っても彼の音色だ。

特にブラームスの音色にはぴったりだと思った。

一緒に弾いているのが何とも心地よい。


皆さんにもそれが伝わったようで、拍手がとてもとても暖かく嬉しかった。

なかなかビオラのリサイタルで楽しめないぞ!


願わくば、彼の普段のおちゃめな面白さも皆さんに伝わるといいなぁ。

な~んて思いながら次の共演を心待ちにしている。



ピアノファクトリー in 岡山 

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わずか6時間の岡山滞在だったが、充実した一日となった。

初めて訪れた「ピアノファクトリー」

代表取締役の横田さん自らが調律師。

さらに扱っているピアノがベヒシュタインとディアパソンというマニアックさ!!

横田さん初め、山岡さん、佐野さんと調律師ばかりのピアノファクトリー。

皆さんがピアノという楽器を愛し、大切に思っていることがひしひしと感じられて本当嬉しかった。


そこのピアノファクトリーの20周年コンサート。

そんな記念すべきコンサートによんでいただけてとても光栄に思う。

お客様がまた音楽好きな方が集まって下さって、非常に集中したいい空気感の中で演奏出来た。


こうしてピアノを通じて人と知り合い、ピアノを聞いてもらう。

昨日まで知らなかった人達なのに、今日はもう音楽を通じた絆が出来ている。

音楽の持つ力は大きい。


最近、集中して弾いているシューベルトの即興曲op.90。

練習しても練習しても、もっと深く、もっと美しく、もっともっと・・と思い、

なかなか納得がいかない曲。

しかも練習が全く飽きない。時間が許すならいつまででも練習していたいとさえ思う。

一生、弾いていきたい曲だな。

今日、嬉しかったとこはこのシューベルトがよかったと言われた事。

今の私には何よりも嬉しい。


本当に充実したコンサートだったし、素晴らしい出会いだった。

岡山日帰りはきついなぁ、と思っていたが、なんのなんの、ワクワクした一日となった。


次回、よんでいただけるその日まで、レベルアップしておかなければ!

アドレナリンが騒ぎだした。



ピアノセレクションセンターにて♫

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1年半ぶりの再会は嬉しい。

島村楽器のピアノセレクションセンターでのコンサート。

ピアノセレクションセンターというくらいだから、ピアノがダ~~~っと並んでいる。

その姿は圧巻。その中で一台一台弾いていったら、ピアノって全てが性格も音もタッチも違うんだと

わかってもらえるのではないかしら?


今日のピアノはスタインウェイのDで1956年のもの。

島村楽器の鈴木さんが直接ルクセンブルグまで買い付けにいったらしい。

すごく質も状態もいいピアノだった。音色も豊か。


今日の私の中でのメインはシューベルト。

このシューベルトの即興曲が大好きなのだが、精神的にきつい曲で、

特に第1曲目は何か恐怖感や孤独との内なる戦いのようだ。

タンタンとけれど立ち止まる事なく歩いていくこの曲を練習しているとだんだん精神が鍛えられていく気がする。


最近、とみに自分の本番の出来がよくわからない。

終わって「どうだったかしら?」と思う事がしばしばだ。

うまくいったとかイマイチとか、昔はなんで思っていたんだろう?

もしかしたらミスの数で判断していたのかしら?

このごろは毎回毎回、精一杯やったけどどうだったかな???という不安になる。


ここセレクションセンターの石塚さんこそが、今回のコンサートを企画から開催まで頑張って下さった。

彼女が喜んで下さったのが本当に嬉しかった。

信頼している方との仕事は頑張る事も嬉しい。


島村社長ともお食事をさせて頂いたが、彼一代で島村楽器をここまでにしたとは思えないような

優しい感じのダンディな方だった。

本当に音楽が好きで、コンサートにも月に何度も足を運ばれるそうだ。

「好きな事じゃないと頑張れませんよ」とおっしゃっていたのがとても印象的。

社長さん自ら、音楽好きでコンサートに足しげく通うっていうのが素敵だし、きっとそんな所にも

一つの音楽教室から日本全国140店舗ほどの楽器店になった島村楽器の今日の成功の一つの要因がある気がした。


ピアノという楽器を通して人と人がつながっていくのって素晴らしい。


ギエムで感じた「表現とは?」

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表現ってこういうことか、と、何か大きなヒントを教えられた気がする。

ずっと頭の中でそれを整理しようと思っているがなかなか出来ない。


シルヴィー・ギエムを観た。

あの肉体はなんだ!?

手も足も胴体もそれぞれが独立しているような身体だ。


そのエンターティメントとしての素晴らしさや舞台、台本の面白さはもちろんなのだが、

一番感じたのは彼女の「表現」ということ。

それはもはや「踊っている」というものではなかった。

生きているとでも言ったらいいのか?

そのギエム扮する役の人が生きている。その役の人が喜んでる。その役の人が打ちひしがれている。

その役の人が愛している。


人間が言葉を持たずに自分の気持ちをわかってほしいと思ったならば、

こんな動きをするのではないか、と思わせる動きだ。

何も言わないのに手に取るようにその気持ちがわかる。

心に直接訴えかけてくるのだ。


時々、コンサートを聞きに行って消化不良で帰る事がある。

きちんと弾けているのに「その役の人」が見えない。

ほとんどミスもないのに「その役の人」の気持ちが感じられない。


観に行ったり聞きに行ったりする人は「その役の人」の人生や感情に自分の感情を照らし合わせる。

そして「その役の人」と一緒に(会場が一体となり)感情を高ぶらせ、どこかに連れて行かれるのだ。

それが「表現」であり、一瞬の旅なのだ。

映画でも音楽でも演劇でもバレエでも、その時間だけは全く日常から逸脱して、

違う人間になって違う国や時代や波瀾万丈の人生を、激しい恋愛を、辛い状況から這い上がる勇気を経験する。

それを「一緒に経験する空間」でなければいけない。


すごく不安になった。

私はそんな表現が出来ているのか?

そんな旅をしてもらっているのか?

もっと表現の中の最も基本的な部分にフォーカスしていかなければいけない。

目先のことや難しいパッセージなど演奏家の勝手な事情なのだ。


一流はすごい。


CD情報

諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」

2010年1月25日発売。
諸田由里子 ピアノ・リサイタルII
ドビュッシー「版画」イメージ
ショパン:ノクターン No.1Op.9-1 No.4 Op.15-1 遺作 マズルカ No.32 Op.50-3 モーツァルト:ピアノソナタ第13番 B-dur K.333 ドビュッシー:アラベスク 版画 月の光
WWCC-7633 ¥2,625(税込)


Profile


諸田由里子 Yuriko Morota
ピアニスト Pianist

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